安明進の「転落」その2

きのう書いたように、安明進の「転落」の背景には、日本、韓国、北朝鮮を取り巻く「政治」があった。ではなぜ、彼はよりによって覚醒剤、しかも北朝鮮産のそれに手を出したのだろうか。

安明進が、今回逮捕されるきっかけになった覚醒剤仕入れたのは、中朝国境だった。彼は90年代後半から、韓国情報部に協力して北朝鮮の内情をさぐるため、中朝国境をしばしば訪れていた。太陽政策で韓国当局から干された後、安明進は協力者のルートを自分のポケットマネーと理解ある人々の支援金で維持し、かなり深い情報を取っていた。実際にそのルートは、日本人妻の救出などにも役立てられていた。

一方、こうした活動は大きな危険をともなう。2005年4月半ばに安明進は韓国から中国に入り、そのまま音信が途絶えたことがあったが、中国の公安に捕まっていたことが後で分かった。偽造旅券を使用したのがばれたのだった。韓国当局が彼の身柄を取り返して事なきをえたが、あやうく外交問題になるところだったという。また、国境にたくさんいる北朝鮮工作員とのトラブルでも起きたら、命取りになる。

このころ、日本のメディア関係者から安明進についての悪い噂を聞くようになった。「金に汚い」「取材費が高すぎる」というのだ。短いインタビューでも謝礼が7〜8万円必要なのだと言う。「ぶらさがり取材」でさえ金を要求されたそうだ。2002年秋の小泉訪朝、5人の拉致被害者の帰国と、日本をゆるがす大きな動きが、安明進証言の信頼性を高めることになり彼にメディアが殺到した。取材の需要が謝礼を高騰させたようだった。これにはメディア関係者にも責任の一端がある。
私は安明進に「説教」した。「証言」の見返りに金を要求するのは筋違いじゃないか。8万円といったら2回でうちの会社の若いものの月給になる金額だよ。自分の名前に傷がつくことはやめたらどうだ・・・と。
安明進は、別れた奥さんへの子どもの養育費はじめ何かとモノ入りで金が足りない、謝礼の金額を上げたのは自分ではなくテレビ局の方であるなどと、高額な謝礼を改めようとはしなかった。メディアの寵児となって金銭感覚がおかしくなっていたようだ。
また、謝礼値上げ交渉を引き受けてやろうとか、「安明進の冷麺屋」を開店しようなどといって、彼にお金がらみで接近してくる人々がいたという。安明進が騙されて金を失うこともあったらしい。
精神的にも不安定で、「寂しいから一緒に飲みましょう」と夜急に電話がかかってきたことがある。新宿の高そうなコリアンクラブで安明進がおごってくれた。派手な金の使い方をする一方で、実際は金に困っていたようだ。

安明進は、国内だけでなく、中朝国境でメディアの取材に便宜供与をして「謝礼」を得ようとするようになった。国境で情報収集を続けていれば、覚醒剤を含む北朝鮮の不法活動にも接触を持つことになる。私にも「覚醒剤や麻薬の取材なら、私が協力できますよ」と安明進が持ちかけてきた。私はやらなかったが、実際にテレビと雑誌が彼の協力で麻薬問題を取り上げている。
そのうち生活費にも困って、覚醒剤そのものを「カネ」にしようと考えたのではないか。北朝鮮の拉致を筆頭にした不正行為を糾弾してきた安明進が、その北朝鮮覚醒剤で「転落」していったというのは、あまりにも悲しい皮肉である。