安明進の「転落」その1

この日記を楽しい話題からはじめたいと思ったのだけれど、私と因縁のある人の刑事事件を書くことになってしまった。これもめぐり合わせだろう。

きょう韓国の友人KJからメールが届いた。覚醒剤密売容疑で逮捕された元北朝鮮工作員安明進(アンミョンジン)の公判が、きのう10日、ソウル地方中央法院で開かれ、傍聴してきたという。
「検察は懲役3年、罰金670万ウォンを求刑、最終判決は8月17日午前10時から同じ法廷で言い渡されることになりました。安さんの立件項目は4件で、麻薬密輸入、麻薬使用、麻薬販売、不法武器所持(電気銃、ガス銃の不届け)の罪を問われています。判決では執行猶予がつく可能性もありそうです」。
安明進とは、97年2月、横田めぐみさんらしい女性を北朝鮮の秘密工作施設で目撃したと証言して一躍有名になった人物だ。先月4日に覚醒剤を所持・密売したとしてソウルで逮捕された。http://www.sankei.co.jp/shakai/rachi/070709/rat070709000.htm
第一報は、朝11時ごろ、KJからの電話だった。「今朝の朝鮮日報の電子版に安明進逮捕が載っていますよ」。すぐに横田めぐみさんの両親に電話で知らせた。実はその数日前、横田夫妻と会った際、早紀江さんから「安明進さん、元気にしてらっしゃるんでしょうか」と聞かれた。そこで半年も音信不通だったことに気づき、何か胸騒ぎがした。すぐソウルの友人に、安明進と連絡を取って様子を知らせてくれるよう頼んだ矢先の逮捕の報だった。

覚醒剤の使用・密売は決して許されることではない。だが、11年間、彼と親交を持ち、めぐみさん目撃証言を日本に紹介することになった私は、彼に同情を禁じえないし、彼の「転落」に責任も感じている。安明進拉致問題にかかわったがゆえに「転落」していったという事情があるからだ。

韓国では、北朝鮮からの亡命者のうち高位軍人や工作員などは、政府系企業への就職斡旋など特別待遇を受ける。安明進もガス公社に在籍し、公社の給与の他に「手当て」まで支給され余裕のある暮らしぶりだったという。おりしも1998年、韓国では金大中が大統領になり2000年の南北首脳会談で「太陽政策」が全面展開してくる。安明進は、拉致証言を続けたために、北朝鮮を刺激したくない韓国当局と激しく対立するようになった。政府に斡旋してもらった就職口(ガス公社)を離職。これが一因となって情報部の関係者である奥さんと離婚したうえ、マンションからも出ざるを得なくなった。韓国でデラシネ(根無し草)となった安明進は、03年9月、韓国を離れ日本を拠点にすることを決意する。そして04年1月からは、東京でマンション暮らしを始めた。その後、テレビのスタジオに出演したり各地で講演するなど、日本の拉致被害者救出運動体の一員として活動することになる。05年7月には衆院拉致問題特別委員会で参考人として証言もしていた。
ところが去年11月、安明進は突然日本を去り韓国に戻ってしまう。
直接の原因となったのは、「救う会」(北朝鮮に拉致された日本人を救うための全国協議会)の内紛である。詳細には立ち入らないが、救う会経理不正疑惑をめぐるトラブルに3年前から安明進が巻き込まれ、週刊誌にまで取り上げられたことが耐えられなかったようだ。安明進は日本を去る直前に一文を残している。その一節にはこうある。言えない事情がいろいろあったことを推測させる。
「日本を去るにあたってもう一つ残念なことは、拉致問題解決のためには勿論、北朝鮮政府の卑劣な意図を把握するためのさまざまな情報活動には、時に尊い生命の犠牲を伴うこともあれば、膨大な対価が必要になることもあるという事実、これを現段階では詳らかにできないのです。」
http://sukuukai.jp/houkoku/log/200610/20061026.htm

情けないことに、本来彼を守るはずの運動体の内紛が彼を追いつめたのだ。
こうして安明進は、全く生活基盤のない韓国へと戻っていった。今年になって彼と会った人によると経済的に追い詰められていたという。
振りかえってみると、安明進証言なしに今の状況はなかった。すなわち、拉致が「事実」と確認され、5人の被害者と家族が日本に戻り、拉致問題解決が日本政府の最重要政策になるということはありえなかった。しかし一方で、私が安明進を証言者として引っ張り出さなければ、彼個人はこんな形で「転落」することもなかっただろう。彼が立ち直ることができるよう、今後も支え続けることで、私の責任を果たしたい。

横田早紀江さんからは、「安さんのために祈っています」との言葉をいただいた。近く安明進と面会する友人に、早紀江さんのメッセージを託すことにしよう。