なぜ政府は2人の拉致被害者を見捨てるのか?(3)

 時間が経つごとにウクライナにおけるロシア軍の蛮行が露わになってくる

 戦場取材の経験豊富な「不肖宮嶋」、宮嶋茂樹さんが、プレスツアーでキーウ郊外のブチャやボロディアンカなどで撮影した写真を文春系メディアで発表している―

 ブチャでは、ロシア兵の戦死者を含め多くの遺体が遺遺されていたが、死臭より煤とガソリンの匂いが町中に充満していたという。ロシア兵が男性と子どもは即座に殺し、女性はレイプして殺すという蛮行の証拠隠滅のために遺体にガソリンをかけて焼いたからだった。

 宮嶋さんはブチャのごみ捨て場で、女性2人、子ども4人、計6体の焼け焦げた遺体を見たという。遺体は服をはぎ取られ、ごみと一緒に燃やされていた。

子どもの焼け焦げた遺体(男性が手に持っている)は、軽々と持ち上げられるほど小さい(文春)


 マカリウという町では「ウクライナ忠犬ハチ公」とネットで投稿された犬「リーニア」メス、9歳の秋田犬を撮影している。

 記事によると、飼い主の主婦、タチアナさんは母親がロシア人で、夫を2年前に新型コロナで亡くしていた。

 3月16日、ロシア軍のなかでも残忍といわれるチェチェン人兵士が装甲車ごと自宅塀を破り、侵入。兵士らはタチアナさんを近所の空き別荘地に連れて行き、そこで強姦したうえ喉を掻き切って殺害し、遺体は庭先に埋めた。

タチアナさんを待ってずっと横たわるリーニア(左)。秋田犬(右)を飼っている近くの人がエサを持ってきたが食べない。宮嶋さんが撮影した時点で事件から1カ月が経っていて、リーニアは立てないほど弱っていたそうだ(文春)

チェチェン兵は装甲車で塀を破壊して押し入った。人目をはばかっての蛮行ではない。(文春)


 チェチェン兵らはこのあと、隣家にも侵入、若夫婦と母親を連れ去り、また強姦しようとしたところ、上級部隊指揮官と思われるブリヤート人将校に止められ、夫人と母親は解放されたが、夫は殺害されたという。

 もう言葉もない野蛮な犯罪だが、報じられる多くの住民虐殺は、単なる個別の「不良」兵士による狼藉ではないだろう。上記の住民に対する蛮行は、少なくともチェチェン人部隊では大っぴらに当たり前のように行われていた、ある程度「組織的」な犯行とみてよいのではないか。

 余計なことだが、「忠犬ハチ公」がウクライナ人に広く知られていることに驚く。ウクライナ人は概して親日的で日本のことをよく知っているという。
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 北朝鮮のような全体主義体制は、「普通の独裁」とはかなり違う。

 90年代初めには飢餓が広まり100万人単位の餓死者を出すなか核ミサイル開発に邁進し、今も国民の9人に1人(300万人超)が発熱して「最大非常防疫態勢」にある一方で、弾道ミサイルを撃ちまくっている。

 「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」の実現とは、この北朝鮮が、跪いて「悪いことをしました、お許し下さい」と非を全面的に認め、「全員」を差し出すというマンガのようなことを想定することになる。しかし北朝鮮の体制はそれほど甘くない。

 拉致は対南テロとならんで北朝鮮の最奥の国家機密の一つだ。国際テロとして世界を震撼させた87年の大韓航空機爆破事件を、北朝鮮はやったと認めていない。今なお、実行犯の金賢姫(キムヒョンヒ)は北朝鮮の人間ではないなどとシラを切っている。

 こうした国家機密は、体制が転換しなければ全面的に表に出てくることはないだろう。

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 例えば東独では、「ベルリンの壁」が崩壊し、共産党社会主義統一党)支配体制が終わってはじめて、シュタージ(秘密警察)による弾圧の全貌が明らかにされた。これにより、犠牲者が名誉回復され、拷問で障害を受けた人が治療、補償を受けられるようになった。

 どうすれば北朝鮮の体制を転換させられるのか、私も考え続けてきたが、まだ朝鮮半島における「壁崩壊」の日は見通せない。一方、拉致被害者も日本で待つ家族や友人も有限の時間を生きている。いつ来るかわからない体制崩壊を待つわけにはいかない。

 とすれば、拉致問題の全面解決は無理でも、北朝鮮の現体制と向き合って、部分的な成果を積み上げていくしかない。

 外交交渉では、こちらの言い分が100%通ることはない。素人でもわかることだ。

 まして相手はあの北朝鮮である。一歩一歩、妥協を重ねて成果を求めていく厳しい交渉になるだろう。少しでも前に進めていくには、悔しいけれども「泥棒に追い銭」を用意する覚悟も必要だろう。しかし、知恵を集め、戦略を練って成果をかちとっていくしかないのだ。

岸田内閣で拉致問題の進展はあるのか5 - 高世仁の「諸悪莫作」日記

 

 私は1997年2月、横田めぐみさんと思われる日本女性を北朝鮮で目撃したという元工作員の証言を取材していらい、拉致問題を取材してきた。被害者家族の尋常でない苦悩も見聞きしてきた。だから、「家族会」が「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」を掲げたい気持ちは痛いほど理解できる。しかし残念ながら、それは実現不可能なのである。それだけでなく、このスローガンは拉致問題の進展に害をもたらしていると思う。

 日本政府は、「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」以外の北朝鮮からの回答をすべて拒否することで、まともな外交交渉を放棄している。このスローガンが、政府の無作為の口実になっている。何もせずに北朝鮮を非難し「強硬論」を吐くだけでよいのだから、こんなに楽なことはない。

 結果、新たに判明した拉致被害者の安否確認と救出が8年も放置されるという人道上見過ごせない事態が起きている。

 日本政府が、「家族会」や「救う会」の掲げる「全拉致被害者の即時一括帰国」に固執するならば、これまでと同じく、拉致問題に進展のないまま、時間がむなしく過ぎていくだけだろう。

 ここで「家族会」と「救う会」が、ストックホルム合意における北朝鮮の「再調査」をどう考えていたのかを振り返ってみよう。

 2015年4月、「家族会」と「救う会」が、安倍総理と関係閣僚に首相官邸で面会したさい、飯塚繁雄・家族会代表は、北朝鮮からの調査報告書は受け取らなくてよいと明言していた。

「総理、率直に申し上げますが」、「焦って北の報告書を受け取る必要はありません。拉致被害者の確実な帰国の実現以外、望んでおりません。

 「家族会」、「救う会」の方針をリードする西岡力救う会会長は、拉致問題の解決には外交交渉は不要だとしている。

犯罪なんですよ、これは。外交交渉じゃないんです。何人かでいいということではない。全員取り戻すということについては絶対に譲歩の余地がない。100-0なんです。白黒なんです。
特に私は外務省の方々に言いたい。『外交交渉じゃないですよ』と。彼らを動かすためには餌が必要だ、ということをおっしゃいます。しかしそれは、全員を取り戻すという前提でなければならない、ということです。」(14年6月の日朝合意に関する「緊急国民集会」でのスピーチ)

 白か黒か、100か0か。たしかにこれでは外交の出番はない

(つづく)

なぜ政府は2人の拉致被害者を見捨てるのか?(2)

 5月15日は沖縄返還50年だった。

 22日の「スーパーモーニング」でコメンテーターの田中優子がいいことを言っていた。

TBS「スーパーモーニング」より

「(返還)50年を祝うという気持ちになれなかったですね。

 72年の(返還の)とき、沖縄の人々は、日本には憲法9条があるから、基地のない沖縄を実現できるだろうとお思いになって復帰したわけですよね。ところが50年間、それ(基地)はそのまま放置された。さらに新しい基地をいま作ろうとしている。それを思うと、私自身が本土の人間として沖縄の人々を裏切り続けたような気持になってしまうんですよね。

 ですから、これから具体的にどうしたらいいかということを考えなければならない。

 一つは、とにかく、ある一定割合、他のどこかに(基地を)移すということを決めてしまう必要があると思うんです。可能かどうかってことじゃなくて、まず移すと決めてしまう。

 日米安保が大事であれば、他の自治体がこのこと(基地を移すということ)に真剣に取り組むべき、立ち向かうべきなんですよ。

 それからもう一つは、すでに有志の方たちが案を作っていますけど、沖縄にアジアの人たちが交流できる、学び合えるようなセンターを作る、そういう拠点にするということ。こういうことも実現する方向に向かうべきなんで、これからどうするかということを考える時期に来ていると思います。」


 沖縄基地を他の自治体が引き受けようとはっきり言う識者が少ないなか、このコメントには思わず「そのとおり!」と叫んだ。
 この考え方がもっと広まってほしい。

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 2014年に北朝鮮が、生存を非公式に通知してきた政府認定の拉致被害者田中実さん金田龍光さんについて説明を付け足そう。

 田中実さんは、神戸市のラーメン店の店員だった1978年6月、北朝鮮からの指示を受けた店主にだまされて海外に連れ出された後、北朝鮮に送られたと見られている。成田空港からオーストリア・ウィーンに出国したまま行方不明になった。当時28歳だった。

 幼少期に両親が離婚したため、田中実さんは神戸市内の児童養護施設で育ち、家族会(北朝鮮による拉致被害者家族連絡会)に入る身寄りはいない。また、政府による認定が2005年と遅かったこともあり、田中実さんが政府認定の17人の拉致被害者の一人であることを知らない読者も多いのではないか。

 金田龍光さん韓国籍で、田中実さんと同じ施設で育ち、同じラーメン店で働いていた。田中実さんがウィーンに出国して半年ほど後、田中さんからオーストリアはいいところで、仕事もあるのでこちらに来ないかとの誘いの手紙をもらい、東京に向かったまま消息不明になっていた。

 なお、北朝鮮が拉致対象者を探すさい、「身寄りのない人」は好条件の一つである。急にいなくなっても騒ぐ人が少ないからである。二人はこの点で拉致に適した人材と判断されたはずだ。

 2014年に、北朝鮮が田中さんと金田さんの情報を日本政府に伝えた背景には同年5月のストックホルム合意」がある。

「2014年5月にストックホルムにて開催された日朝政府間協議では、北朝鮮側は、拉致被害者を含む全ての日本人に関する包括的かつ全面的な調査の実施を約束したストックホルム合意)。日本側としても、北朝鮮側のこうした動きを踏まえ、北朝鮮側が調査のための特別調査委員会を立ち上げ、調査を開始する時点で、我が国独自の対北朝鮮措置の一部を解除することとした。」(外務省HPより)

 「全ての日本人」とは拉致被害者の他、戦後日本に帰還できなかった残留日本人やいわゆる「帰国者」の日本人配偶者を含む。また1945年前後に現地で亡くなった日本人の遺骨や墓の調査も行うことになった。

 この時点で日本政府は、拉致被害者だけでなく「全ての日本人」まで範囲を広げて北朝鮮に「調査」させ、そこから一人でも二人でも拉致被害者の救済につなげていくという戦略をとったわけである。じわじわと少しづつ成果を上げる、いわば漸進策だ。

 この合意で評価できる点は、北朝鮮が「拉致問題は解決済み」との立場を改め、拉致被害者再調査を行うと約束したことだ。

 北朝鮮では拉致被害者は厳重に管理されているから、いまさら「調査」など必要ないのは分かっているのだが、これは北朝鮮に「調べたらさらに見つかりました」と新たな被害者を出させるための方便である。

 「合意」にもとづき、北朝鮮が「調査」の結果として「2人が見つかりました」と伝えてきたのだから、当初の戦略からいえば大成功のはずである。

 それなのに、日本政府は非公式にこの調査結果を聞いただけで、正式な調査報告書を受け取ることを拒否し、この情報を国民にも隠しているというのだ。

 なぜか。

 それは安倍晋三首相が、「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」という一気にすべてを完全解決する方針で拉致問題に臨んでいたからだ。

 「全ての拉致被害者」は生存していることが前提で、横田めぐみさんや田口八重子さんらが必ず含まれていなければならない。たとえ田中さんと金田さんの2人の拉致を北朝鮮が新たに認めたとしても、「8人死亡」がそのままならば受け入れることはできないというのだろう。

 つまりストックホルム合意」時の漸進策が「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」路線によってひっくり返されたのである。

 安倍首相の「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」は、「家族会」とその支援団体である「救う会」(北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会)の方針であり、「家族会」と「救う会」は熱心な安倍応援団だった。

 きのう引用した共同通信の記事にこうある。

《(前略)2人の「生存情報」を非公式に日本政府に伝えた際、政府高官が「(2人の情報だけでは内容が少なく)国民の理解を得るのは難しい」として非公表にすると決めていたことが26日分かった。安倍晋三首相も了承していた。(略)

 日本では身寄りがほとんどなく「平壌に妻子がいて帰国の意思はない」とも伝えられ、他の被害者についての新たな情報は寄せられなかった。被害者全員の帰国を求める日本政府にとって「到底納得できる話ではなく、国民の理解も得られない」(高官)と判断した。》

 この「国民の理解を得るのは難しい」を、私は、世論に影響力をもつ「家族会」と「救う会」の理解が得られないと読む。

 田中実さんには「家族会」に参加する身寄りはおらず、「他の被害者」つまり横田めぐみさんなど「死亡」とされた被害者の新たな情報がないのであれば、こんな調査結果は受け入れられないとの結論に到ったのだろう。

 こうして「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」路線は、ストックホルム合意で目指した戦略をつぶしただけでなく、同じ拉致被害者の間に「差別」(「国民の理解を得られない」被害者がいるというのだ!)を持ちこみ、政府に見捨てられる被害者を生む結果にもなったのである。

 なお、2人の拉致被害者が政府に8年ものあいだ事実上見捨てられている事態について、「家族会」、「救う会」は何らアクションを起こしていない

 では、はたして「全ての拉致被害者の即時全員一括帰国」路線は、拉致問題の解決に導くのかどうかを見ていこう。
(つづく)

 

なぜ政府は2人の拉致被害者を見捨てるのか?

 アメリカのバイデン大統領が22日、就任後初めて来日。翌23日には、北朝鮮による拉致被害者の家族11人が、バイデン米大統領と東京・元赤坂の迎賓館で面会した

(内閣広報室提供)

 バイデン氏は、椅子に座った横田早紀江さん(86)の前で膝を突いて早紀江さんを抱きしめ「あなた方の気持ちはよく分かる。同じ気持ちだ」と語りかけた。バイデン氏は被害者家族の一人一人から話を聞き、握手をした。子どもを亡くした自身の経験を語り、子どもの写真を見せて「家族を失うのはつらい」と述べたという。

 私はこの面会のニュースを複雑な思いで聞いた。

 米国のリーダーに訴えること自体はいいのだが、日本政府がこうした「やってる感」のイベント以外に、拉致問題を進展させるためにまともに努力しているようには見えないからだ。

 2002年9月の小泉純一郎総理と金正日国防委員長の日朝首脳会談で風穴があいた拉致問題だが、あれ以降、拉致問題の最大の懸案である5人以外の被害者の安否確認と帰国はまったくなされていない。つまり、成果が見られないまま20年もの失われた年月が経ってしまったのだ。

 その最大の責任はもちろん北朝鮮にあるのだが、日本政府、とりわけ安倍内閣以来、誤った対応を続けてきたことにも大きな問題があると思う。

 それがはっきり表れたのが2人の拉致被害者の生存情報の扱いだ。

 これは、ごく一部のメディアしか報じておらず、ほとんどの人が知らないと思うが、北朝鮮が2人の新たな拉致被害者の生存を伝えてきたのに、日本政府がこれをずっと放置しているというきわめて重大な問題である。

 まさか!と思うかもしれないが、ほんとうだ。

 以下は2019年12月27日の共同通信の記事だ。

拉致問題を巡り北朝鮮が2014年、日本が被害者に認定している田中実さん=失踪当時(28)=ら2人の「生存情報」を非公式に日本政府に伝えた際、政府高官が「(2人の情報だけでは内容が少なく)国民の理解を得るのは難しい」として非公表にすると決めていたことが26日分かった。安倍晋三首相も了承していた。複数の日本政府関係者が明らかにした。もう一人は「拉致の可能性が排除できない」とされている金田龍光さん=同(26)=。

 日本では身寄りがほとんどなく「平壌に妻子がいて帰国の意思はない」とも伝えられ、他の被害者についての新たな情報は寄せられなかった。被害者全員の帰国を求める日本政府にとって「到底納得できる話ではなく、国民の理解も得られない」(高官)と判断した。菅義偉官房長官共同通信の取材に「今後の対応に支障を来す恐れがあることから、具体的内容について答えることは差し控える」とコメントした。

 2人の生存情報を日本政府が入手して5年余り。日朝交渉に進展がない中、拉致問題解決を「最重要課題」と位置付ける安倍政権が非公表を続けている判断が適切なのかどうか問われる。

 2人はいずれも神戸市出身で同じラーメン店の店員だった。

 両国は14年5月、拉致被害者の再調査などを盛り込んだ「ストックホルム合意」を取り交わした。北朝鮮はこの前後、田中さんと金田さんが北朝鮮に入国し妻子と共に暮らしている、と日本政府に知らせたことが既に判明している。

 この後、北朝鮮はミサイル発射や核実験を繰り返し再調査も中止され、日本政府は2人に面会できなかった。ただ両国の接触は水面下で続いていた。北朝鮮は田中さんについて14年までは未入国としていたが一転認めた。金田さんについては言及していなかった。

 田中さんは1978年6月、成田空港からウィーンに向け出国。その後連絡が取れなくなった。北朝鮮の元工作員とされる男性(故人)が「工作員だったラーメン店主に誘い出され、ウィーン経由で連れて行かれた」と告白し、拉致疑惑が発覚。政府が05年に被害者に追加認定した。

 在日韓国人の金田さんは79年11月ごろ、田中さんに会うため「東京に打ち合わせに行く」と周囲に話した後行方不明になった。出国記録はない。直前の夏ごろに「オーストリアはいい所だ。仕事もあるのでこちらに来ないか」と書かれた差出人が田中さん名義の手紙を受領していた。》

田中実さん。両親が離婚して幼いころから養護施設で育ち、ほとんど身寄りがない。

政府認定拉致被害者リスト。田中実さんの番号4。北朝鮮が「入国していない」と主張している人はオレンジ色(外務省NP)

兵庫県警のHPより)

 

 2020年6月8日、安部首相は、首相として最後となる拉致問題についての答弁を参院本会議で行っている。

 これは横田滋さんが6月5日に亡くなった3日後のことだった。そこでテーマになったのが、この問題だった。

 質問に立ったのは、立憲民主党有田芳生さんで、拉致問題に関して以下のように問うた。

「私は、三月十六日の予算委員会などで何度も首相に問うてきた問題があります。それは、政府認定拉致被害者の田中実さんと特定失踪者の金田龍光さんが生存していると北朝鮮から二〇一四年に通告されたものの、その事実さえいまだ認めないことです。田中さんと金田さんの安否確認をするべきですが、もう六年も放置したままです。余りにも冷淡ではありませんか。それとも、拉致被害者の救出に序列でもあるのでしょうか。

 田中さんは七十歳。どうしていらっしゃるか全く分かりません。警察庁も把握しているように、結婚した相手が日本人だという情報もあります。それが拉致被害者なのか、特定失踪者なのか、確認するのが政府の責任です。」

 これに対する安部首相の答弁は―

安倍内閣拉致問題を解決するとの決意は、今も全く変わりありません。肉親の帰国を強く求める御家族の切実な思い、積年の思いを胸に、何としても安倍内閣拉致問題を解決する決意であります。

 その上で、北朝鮮による拉致被害者や拉致の可能性が排除できない方については、平素から情報収集等に努めておりますが、今後の対応は、支障を来すおそれがあることから、それらについてお答えすることは差し控えさせていただきます。

 無内容きわまりない答弁だが、共同通信の記事を否定してはいない。

 05年に拉致被害者として政府に認定された田中さんを、北朝鮮は「入国していない」と拉致を否定してきたのに、14年に主張を一転、田中さんが北朝鮮に生存していることを認め、さらに金田さんという特定失踪者の生存も認めたのである。

 北朝鮮が新たな拉致被害者の存在を認めるのは、日朝首脳会談横田めぐみさんら13人の拉致を認めて以来初めてのことだ。日本にとってきわめて大きな成果と言えるはずなのに、政府はこれを国民に隠そうとしている。

 なにより2人の拉致被害者を見捨て続けている。しかも8年もの長きにわたって。

 これはいったいなぜなのか。

(つづく)

「将校の会」会長がプーチンに謝罪を求める

 これまでプーチン大統領を支持してきた「全ロシア将校の会」の会長、レオニード・イワショフ退役大将(78)がロシアの軍事作戦を痛烈に批判して話題になっているという。

 私の友人でもあるテレ朝の元報道局長、ANN元モスクワ支局長の武隈喜一さんが翻訳して紹介している。

www.msn.com

 「全ロシア将校の会」は2月に侵攻に反対する声明を出していた。そこではプーチン大統領の辞任までも訴えたことが注目されているという。以下、武隈さんの解説。

《(声明は)「ウクライナ戦争が起きれば、ロシアの国家的存立に疑問符がつき、ロシアとウクライナは永遠に絶対的な敵となってしまう。両国で、千人単位、万単位の若者が死ぬ」と、3カ月後の現状を見通したかのような切迫感あふれた内容だった。

 イワショフ退役大将が、ロシアの書店協会のウェブサイトKnizhnyMirのインタビューに答え(5月4日)、改めてプーチン大統領に「知恵と経験あるものの意見に耳を傾ける」よう訴えている。このインタビューはイワショフ将軍の新著『人類--世界の戦争と疫病』を紹介する番組だが、ほぼ全編がウクライナへ侵攻したロシア軍の批判にあてられている。

 イワショフ退役大将は、現役時代は国防省の要職を務め、NATOの東方拡大への強硬な批判者として知られており、その保守的論調から現在も現役将校に強い影響力を持っている

 その実績と影響力ゆえか、「戦争批判」をおこなったイワショフ退役大将には「フェイク」報道の容疑もかけられていない。

 インタビューにはソ連時代、軍の高級将校だったイワショフ氏の歴史観が色濃く表れているが、強い報道規制がかかるロシアではきわめてまれな政権批判と言えよう。》(武隈さん解説)

 もとのインタビューは以下。

www.youtube.com

 

 さわりのところだけ紹介する。

 今回の特別軍事作戦では、初期の段階で戦略的な間違いがあったため、兵士はよく戦っているが、作戦は滞っている。ウクライナ領土のいくばくかは獲得できるかもしれないが、地政学的にはすでに敗北を喫した。

 われわれが直面しているのは、ロシアの歴史上、これまで経験したことのない危機的な状況なのだ。


 以前アメリカは、ドイツとそれに続いていくつかの国がロシアと軍事協力体制を組むことを何よりも恐れていた。

 私が現役だった1990年代、ユーゴ空爆の1998年までは、ロシア軍とドイツ軍との間には62の合同イベントがあり、合同軍事演習も行われ、軍事装備の協力もあった。米軍との合同イベントは8つだけだった。

 アメリカの軍人は私に不平を言ったが、「ロシアとドイツは地理的にも近く、合同イベントは対テロ対策で必要だ。アメリカは遠い」と言い返したものだ。ドイツのコール首相やシュレーダー首相の頃、アメリカは気が気でなかったはずだ。

 それがいまやアメリカと欧州の対立は解消され、アメリカは自らの原理原則のもとに、経済制裁だけでなく、反ロシア、ウクライナ支持という旗の下に、すべての欧州の国々を結集させてしまった。


 1948年8月にアメリカの安全保障会議がまとめた「米国の対ソ戦略」の中で、軍事戦略とならんで中央アジアコーカサス、バルト3国に対する対応が書かれているが、ウクライナについては特に重点が置かれている。

 そこには、ウクライナ人とロシア人を分けることは困難だ、彼らは一つの民族である、それゆえに亀裂を作り出す必要がある、さらにこの亀裂を政治的対立や軍事紛争にまで拡大する必要がある――と書かれていた。

 まさに今、このアメリカの思惑が実現している。

 ジェルジンスキー(※ソ連秘密警察の創始者)が言っていたように、「ロシアはウクライナがあって初めて世界の大国であり、ウクライナを欠いたロシアはただのアジアの一国家にすぎない」のだ。

 英米両国にとっては、中央アジアコーカサスもロシアからもぎ離し、ロシアを孤立させる、というのが19世紀末以来の構想だった。

 こうした長年の夢を今回の「特別軍事作戦」は実現させてしまった。

 たとえキエフ(キーウ)を奪取しても、われわれは世界で孤立している。

 国連で誰がロシアに賛成票を投じてくれるというのか。中国さえ棄権している。CIS諸国(旧ソ連の国々)も、反ロシアの経済制裁に加わっていくだろう。残るのはベラルーシだけだ。

 ロシアがこんなに孤立したことはなかった。


 われわれは何をすべきだろうか。どんな戦争でも勝利するのは知性だ。

 ハリコフを取ろうが、たとえ沿ドニエストル地方を奪って戦闘に勝利しようが、対立する他国との関係のなかで自国の最大の利害を探るという「地政学的な」戦争では敗北した。

 現代の世界には不正や暴力があふれているが、しかしロシアはこのひどい世界の中でも最悪の状態に置かれることになるだろう。

 この70年でロシアは、特に技術と社会状態は最悪の状態に落ちる。1937年の大粛清のような抑圧がある。「勝利勝利!」と叫ばされ、「戦争反対」と言っただけで投獄されるような法律はスターリンの時代にもニコライ二世の時代にもなかった。


 ロシア大統領に電話しようという指導者がこの世界のどこにもいない状況だ。大統領は謝罪し、処罰すべき者を罷免し、政府のトップには「特別軍事作戦」に反対する者を据えることだ。

 大統領も詫びるのだ。

 

 大統領も詫びよとは痛烈な批判になっている。

 彼はリベラル派では全くない。逆に反米、反NATO大国主義的愛国者だ。このままだと米国にやられっぱなしになってしまうぞという立場の、しかも政権側にいた有力者の批判だから、保守層にもプーチン離れが広まる可能性があるかもしれない。

 中枢部批判の動きが連鎖していくのか。今後のロシア国内の動向に注目。

 

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 きょう映画を2本観てきた。『CODA』と『教育と愛国』。

 前者は両親と兄が聾者という家庭に生まれた主人公が歌うことを家族に理解してもらうまでを軸にした劇映画でアカデミー賞作品賞を受賞した。

 後者はMBS毎日放送)のディレクター斉加尚代さんが監督のドキュメンタリーで、教育現場が「愛国」の名のもと激しく変貌していくさまを描いていて怖くなる。

 ここ2カ月は映画館に行く機会が多かった。観た映画を挙げると―

『ドライブ・マイ・カー』(原作:村上春樹、監督:濱口竜介)話題の映画ということで観た。「映画史を書き換える至高の179分! 新たなる傑作の誕生」との触れ込み。映画史を書き換えるかどうかは分からないが、劇中劇との二重構造になっているのがおもしろかった。

『馬ありて』笹谷遼平監督と知り合ったご縁で観ることに。北海道帯広市むかわ町穂別、岩手県遠野市を舞台に、馬と人間の生活を追ったドキュメンタリー。全編モノクロで、北海道の冬に「ばんえい競馬」の馬が吐く白い息が印象に残る。

『牛久』茨城県牛久市の東日本入国管理センターの実態を隠し撮りで暴露したキュメンタリー。監督はアメリカ人のトーマス・アッシュさん。衝撃の映像の連続で、こんな非人間的なことがほんとうにあるのかと驚き、日本人であることが恥ずかしくなる。

『Game Hawker/鷹匠ショーン・ヘイズというアメリカの鷹匠を追ったpatagonia製作のドキュメンタリー。自然との共存を考えさせる映画だ。パタゴニアの上映会&トークショーで、尊敬する山形県鷹匠松原英俊さんの語りに魅せられた。いずれ紹介したい。

『カナルタ 螺旋状の夢』英国で映像人類学の博士課程に学ぶ太田光海監督が、卒業制作のため、エクアドル南部のアマゾン熱帯雨林に暮らすシュアール族の集落に1年間住んで記録したドキュメンタリー。人間って何?と自問させる。密着度がすごい。学術的にも貴重。

『親愛なる同志たちへ』ロシアのアンドレイ・コンチャロフスキー監督。1962年にソ連の地方都市、ウクライナにほど近い町ノボチェルカッスクで起きた事件―当局への抗議のデモ隊を弾圧し多くの死傷者を出した―を舞台にしたヒューマン・ドラマ。1992年まで隠蔽されてきた事実をドラマで掘り起こした。全体主義の恐ろしさと人々の生活実感が生々しく描かれている。

エドワード・サイードOUT OF PLACE』(佐藤真監督)世界各地で33人をインタビューして、パレスチナ出身の知識人、サイードの和解と共生の思想をたどる。「シネマハウス大塚」のパレスチナ映画特集の一環で、上映後のトークでは、プロデュースした山上徹二郎さんが語るドキュメンタリーを作るうえでの「覚悟」に感動した。

『明日になれば アフガニスタン女たちの決断』(サハラ・カリミ監督)アフガニスタンでの女性の権利が問題になっているが、これはタリバン政権が倒れたあとの多少は自由化された時代の3人の女性をオムニバスで描くドラマ。立場の異なる3人だが、ともに女性の自由な生き方を阻む社会のなかで人間関係に苦しみつつ、決断を迫られる。女優が美しく魅力的。

『オレの記念日』(金聖雄監督)冤罪で殺人犯とされ20歳からの29年間を獄中で過ごした桜井昌司(75)さんの闘いを振り返るドキュメンタリー。完成上映会では桜井さんが登場し、トークと歌を披露した。過酷すぎる人生を送った桜井さんが、超が三つくらいつくポジティブな心をもって生きていることに心底感銘を受けた。19年には末期の肺ガンを患い、余命1年と宣告されたが、「どんなに辛いことや苦しいことがあったとしても、それを喜びに変えられるのが人生だと思っている」と明るく笑う。

5月14日の完成上映会(小金井市)で歌を披露する桜井さん。プロ顔負けのうまさ。作詞作曲もするシンガーソングライターだ。


連れ合いは感動して、桜井さんの本とCDを購入、サインしてもらった。これはお勧めの映画。

ウクライナ最大の課題は経済の維持

 節季は立夏を過ぎて小満(しょうまん)になっている。太陽を浴びて万物が育ち、あらゆる命が満ちていく時期だという。

 21日から初候「蚕起食桑(かいこおきて、くわをはむ)」。

 次候が26日からで「紅花栄(べにはな、さく)」。

 末候が31日からで「麦秋至(むぎのとき、いたる)。

 みな、農作業に関連する候名だが、田植えの準備もあって農家は忙しくなる。
 青梅が出てきたら今年も梅酒を仕込みたい。
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 先日、某テレビ局のトップの人事が新聞に載った。

 おお、Sさんが社長になっているではないか。

 Sさんとはフィリピン囚人の腎臓移植ビジネスの取材で、刑務所の中に一緒に入って囚人をインタビューした思い出がある。

takase.hatenablog.jp

 このネタ(国家ぐるみの腎臓移植ビジネス)は当時の私の独壇場(キラーコンテンツ)で、3局(テレ朝、日テレ、TBS)で放送された。

 Sさん、たしかあのときが初めての海外取材で、見るもの聞くもの何でも珍しがる初々しい記者だったが、今や社長か・・。

 私が現場で取材をともにした記者でテレビ局の社長になったのは彼で4人目。私はたまたま出世する人たちとめぐり合わせたのか。

 Sさんは自民党の抗議にすぐに謝ったりした過去があり、メディアの独立性を守れるか懸念している。注視していこう。
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 毎日、ウクライナの町が破壊され、人々が傷つくニュースが流れ、同情が募る。

 今の事態は、二つの国が戦争をしているのではなく、一方的にウクライナが破壊され続けているのである。ロシアはミサイルで、キーウでも西部のリヴィウでもウクライナのどこでも攻撃しているが、ウクライナがモスクワを空襲することはない。国境のすぐ向こうにあるロシア軍の兵站基地さえもウクライナは攻撃していない。(一部の場所で攻撃を受けたとロシア側は発表したが、フェイクニュースかも)

 しかも、このブログで何度も指摘したように、ロシアが攻撃するのは軍事施設だけではなく、鉄道、電気、水道などのインフラからショッピングセンター、学校、病院、避難所まで破壊している。

 無差別攻撃という表現は生ぬるい。むしろ意識的に住民生活への打撃となる標的を狙っている。

 ロシアが制裁でGDPが前年比マイナス10%になるだろうなどとの予測があるが、ウクライナはそれどころではなく、侵攻後、年間GDPの3倍の被害を被ったという。

 つまり、一方的に殴られっぱなし、嫌な例えでいうとレイプされたようなもので、まあまあこのへんでお互い「痛み分け」で握手しましょう・・などという停戦案がウクライナ側として受け入れられないのは当然だ。

 激戦が続く南部ヘルソン市に近いミ港湾都市コライフ市の市長はNHKのインタビューに社会を支える経済が打撃を受けている現状をこう訴えていた。

《農作物の輸出がわが国のGDPの大半を占めています。ロシアは経済的にわが国を破綻させるために輸出の可能性をなくそうとしています。実際に海には多くの機雷があり、船を動かすことができません。》

しかしユーモアを交えて、人々が連日の破壊に立ち向かっているさまを語った。

NHKニュースより

《私たちはアリ塚を作り続けるアリのようなもの。何かが壊れるたびに朝から修復を始めます。きょうも夜のうちに攻撃があり、ガスや電気、水の供給設備が破壊されました。それをまた朝から技術者たちが修復を始めているのです。》
と言って微笑みを浮かべる市長。

 NHKの記者が、なぜそんなに明るいのですかと聞くと、市長はつとめて明るく振る舞うようにしているという。

NHKニュース


《戦時中は泣くか笑うかしかありません。できる限り冗談を言い、ユーモアで受け止めます。つらいことを乗り越えるためです。私は住民を励まし、街を復興しなければならないのです。》
 こう語る市長を尊敬する。

 クレバ外相も経済の維持を最大の課題としている。

クレバ外相(NHKニュースより)

 戦争は戦場でだけ戦われているわけではないのだ。

 人が傷ついた、建物が破壊されたとニュースでは報じられるが、戦争は社会全体を崩壊させるものであることを想像力を駆使してより深く考えていきたい。

ウクライナ支援を他の避難民にも

 日テレの「バンキシャ」で、友人のジャーナリスト、横田徹さんがウクライナ最前線をリポートしていた。

 横田さんはこの日、東部戦線に近いサポリージャ近郊で、ジョージアの外国人特殊部隊の索敵偵察に同行取材した。ロシア軍陣地に近づいてドローンで偵察するのだが、その途中、ロシア側からドローンが飛んできて。林に隠れ、「伏せろ」の声で横田さんが伏せるや砲弾が近くに着弾。さすがの横田さんも緊張の面持ちだった。

ウクライナを支援して戦うジョージアの精鋭部隊だという。NATOからの武器が前線まで来ているのがわかる。(バンキシャより)

(まだ幼い娘さんがいる横田さん、あまり無茶しないで)


 こうした前線の様子はほとんど取材されておらず、貴重な映像である。

サポリージャ北東のポクロウスケー市で露西亜軍のミサイルで負傷した兵士を取材。怪我が治ったらすぐまた前線に行くという。怖くないの?と横田さんが聞くと、この答え。

町の大きなカフェレストランは休業して兵士や市民のために食料や日用品を調達する拠点になっていた。もっとやるべきことがあると店の主人

母親は「怖い」といいながら、戦争が日常になっている

 侵攻のごく初期にウクライナで取材して帰国した人に聞くと、はじめはウクライナ当局の規制のため、ほとんど何も取材できなかったという。軍事情報(布陣地の地形、人数、兵器、補給等)を明かされたくないので、プレスには厳しい取材制限を課したのだ。

 その後、海外から大挙してやってきた取材者たちから「これじゃウクライナにいる意味がない」と抗議の声が上がる。ちょうどブチャなどロシア軍を押し返した村々での被害が分かってきたこともあり、当局はプレスツアーをはじめた。多くのメディアがツアーに乗っかり、現場では、他の取材者たちが画面に入らないようにするのが大変だったそうだ。もちろん、戦場近くにはツアーは組まれない。

 戦場取材にかける横田さんは、プレスツアーには参加せず、独自の行動をとって前線を回っている。来週も「バンキシャ」でリポートするらしい。どうぞご無事で。
 
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 マリウポリはロシア軍に完全に制圧されたようだ。

TBSニュースより

 2439人ウクライナ兵が投降したという。正確な人数かは確認されていないが、製鉄所の地下で、兵士に加え、子どもを含む1000人超の民間人が3ヶ月弱を過ごしたという事実にあらためて驚愕する。けが人の手術を麻酔なしで行ったと聞くと、日常生活の過酷さは私たちの想像を超える。

 まずは命が助かってよかったが、ロシアは「犯罪人」は裁判にかけ、捕虜交換に応じない可能性があるという。マリウポリ防衛に大きな役割を果たした「アゾフ連隊」をロシアは「ネオナチ」として侵攻の主要ターゲットの一つにしていた。

 今後は捕虜の扱いも注視していく必要がある。
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 ウクライナから日本への避難民が1000人を突破したとのニュース。

 「政府は異例の積極支援を続けている」と報じられている(朝日22日)。

 岸田首相は3月2日に避難者の受け入れを表明。4月はポーランドを訪問した林芳正外相が政府専用機に避難者を乗せて一緒に帰国したほか、ポーランド航空の直行便の座席の一部を政府が毎週末借り上げている。もちろん、自力で来日した人も多い。

 一千人の内訳は女性が758人、男性が242人。90日間の「短期滞在」の在留資格で入国し、1年間働ける「特定活動」への切り替えが認められる。

 5月からは生活支援も本格化。企業などが提供する物資やサービスを紹介する専用サイトを立ち上げ、服や家具、通訳などを手軽に探せるようにした。

 日本に身寄りがない人たちには一時滞在先のホテルを用意し、受け入れを表明した自治体などとのマッチングを進めてきた。18日時点で61人がホテルに滞在、12日には第一号として3世帯7人の受け入れ先が決定。7人は東京都と京都府内の自治体、愛知県の団体が用意した住居に移動する。

 政府は1人に最大で、ホテルを出る際に一時金16万円、その後は1日2400円の生活費を支給する。(朝日新聞などより)

 ウクライナからの避難民が保護されるのは望ましいし、政府の積極受け入れは評価できる。ただ、問題は他の国々から自力で日本に避難してきた人々の扱いとの差が大きすぎることだ。

 政府はウクライナから来た人々を「避難民」と位置付けて手厚く保護するが、難民条約にもとづく「難民」とは区別している。難民は人種、宗教などを理由に自国で迫害を受ける恐れがあり、他国へ逃れた人と定義される。日本は1982~2021年の40年間で915人しか認定していない。難民認定はしないが人道上、在留を認めた人も3289人にとどまる。

 一方、ウクライナ人は3ヶ月で一千人を受け入れている。

 難民認定の申請中、生活費(1日1600円)や住居費(単身、月4万円)などの公的支援を受けられる制度はあるが、支給を受けられる人は一部に限られるうえ、支給までに平均で3ヶ月かかるという。その間は就労ができない。食べるものも寝るところもないという窮状に陥ることになる。

 難民政策に詳しい橋本直子・一橋大准教授の「ウクライナ支援を他の避難民にも標準化すべきだ」という指摘は当然だ。

ここ数年40人台で推移してきた難民認定者が去年74人に増えたが、ミャンマー人の30人が加わったため。その一方でクルド人など認められない人々も。政治によって左右されてはならないはずだが。入管のHPより

 私が会員の「牛久の会」(牛久入管収容所問題を考える会)の今月の会報でも代表が

《(ウクライナ支援は)とてもよいことと思いますが、日本在住の外国人、仮放免を含む非正規滞在者の現状を知るものとしては内心複雑な気持ちです。「目立つウクライナ人だけへのエエカッコシー」だけでなく、全ての人々に同等の支援をすべきと思います》と意見を述べている。

 会報にはまた、7年以上!!も収容されていたタンザニア人、デリックさんが紹介されていた。
《大阪入管で7年以上収容され牛久には本年1月4日に移送されてきた。タンザニアで知り合った日本女性と結婚、配偶者ビザで来日、大阪在住時は小学校でELT(高世注;ALTか?)として子供たちに英語を教えていて「また子供達に逢いたいよー」と語る。離婚による配偶者ビザの取り消しにより収容。大阪入管収容中に再審上願を7回出したがいずれも却下され、超・長期収容者となった。》

 デリックさんは5月16日にようやく仮放免になって、とても喜んでいるそうだが、就労が許されず、今後の生活の保障はない。

 自国での「迫害」で身の危険があるケースではないが、日本に生活基盤を持ちながら在留資格を失った外国人に対する全件収容主義、無期限収容はすぐに正すべきである。

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 新緑の季節。強い陽光で光合成には最高の時期だ。

 植木鉢に枝豆を入れたらすぐ芽がでてきて、その成長ぶりに毎日驚かされている。植物の生命力はすごいな。

今月12日芽が出た。

きょう22日。もうこんなに成長した。

 そろそろ、植え替えと支柱の用意をしなければ。

 

ウクライナ侵攻でもっと議論を

 お知らせです。

 高世仁のニュース・パンフォーカスNo.26「プーチンとはいったい何者なのか?」を公開しました。

 今回の侵攻は「プーチンの戦争」と個人名を付して語られます。彼がどのような人物なのかを知ることは、今後のロシアの出方を知るうえで必須です。今回から連載で、私の取材をまじえながら、いま世界でもっとも注目されているプーチンの人物像に迫ります。
 今回はまず、プーチンがどのようにして権力の座についたのかを見ていきます。

www.tsunagi-media.jp

 
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 ゼレンスキー大統領がまた、国際舞台で存在感を見せた。

 17日に開幕したカンヌ国際映画祭の開会式に、ゼレンスキー大統領がキーウからオンラインでサプライズ登場。ナチス・ドイツヒトラーを風刺したチャプリンの代表作「独裁者」を引き合いに「戦争を前に映画が沈黙していないことを証明するには新たなチャプリンが必要だ」「独裁者は敗れると確信している」と強調。満場の拍手を浴びた。

NHKニュースより)

 人の心をつかむのがうまい。現在の世界のリーダーの中では、最もパフォーマンスに優れていると思う。苦しい中、国民を一つにし、国際的支持を得ていくうえで得難い資質をもつリーダーだ。

 会期中にはウクライナでロシア軍に殺害されたマンタス・クベダラビチュス監督の遺作「マリウポリ2」が特別上映される。

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 17日、マリウポリでの82日間の戦闘の任務が終了したとしてアゾフスターリ製鉄所に籠城していたウクライナ軍が退避をはじめた。事実上の投降だ。

 ロシア国防省によると19日午前までに累計1730人が投降したという。ここはロシア側が「ネオナチ」として最も敵視したウクライナ内務省系の軍事組織「アゾフ連隊」が抵抗の拠点としていたところ。

 完全にロシアに包囲されて地下に潜む人々がどうなるか心配していたが、とりあえず、生きて出てきたことにほっとした。

 ウクライナのポドリャク大統領府長官顧問は18日、ロシアの支配地域に移送された捕虜の解放について「交渉は非常に難しいものになっている」と認めた。ロシア側が酷いことをしないよう、赤十字はじめ国際機関が監視してほしい。

篠田英朗氏が「もっと早く投降すればよかったのに」という橋下徹氏を批判。早く逃げるべき、投降すべきという論者はたしかに、敗戦時の日本のアナロジーで論じている

 

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 福田充氏と和田春樹氏の立場の違いがSNSで話題になっている。


 毎日新聞がこれについて記事を載せた。

《ロシア軍とウクライナ軍は即時停戦し、停戦交渉を正式に始めよ――。3月下旬、こうした主張を披露した声明が、ツイッター上で物議を醸した。声明を発表したのは、日本でロシアなどの歴史研究を担ってきた東京大の名誉教授ら14人。反発したのは、現在大学の一線で教壇に立つ若手の研究者たちだ。即時停戦を主張した先達に、若手が猛然と反対の声を上げたのはなぜか。双方に取材すると、正義や人権、戦争の終わらせ方などを巡り、研究者の間に横たわる世代間の溝が浮き彫りになった。【金森崇之】

「今回の戦争に対する報道のあり方についても、2人の考え方の違いは鮮明だ。
 和田氏は「防衛省のOBや軍事専門家がテレビで解説するのも構わないが、連日というのはどうか。若い研究者の人たちも、(ロシアを押し戻せなどの)同じような意見の人が多い。一色になってはいけません。もっといろいろな人の意見を取り扱うべきです」と訴える。
 一方の福田教授は「一つの意見が絶対的に正しいということはなく、違う意見も取り入れていくことは大切なこと」と、和田氏と同様の考え方を基本にしつつ、「しかし、許されない価値観があるということも日本人は学ぶべきです。例えば、『ナチスにも正義がある』と言うことは欧州では許されません。今回の戦争についても、悪いものは悪いとメディアははっきり言っていいのです」と一歩踏み込んだ。

 最後に、福田教授はネット交流サービス(SNS)で展開された今回の論争についてこう締めくくった。

 「和田さんの声明に端を発した世代間の闘争、主張が違う人たちの戦いは、ツイッター上で討論が見える化され、非常に興味深かった。こうして研究者らの議論が見える化されて、一般の人も比較検討しながら自分の理念や理想を構築し、更に最大公約数的な善を作り上げていくのは、民主主義が進化する一つの過程だと思うのです。研究者も政治家もジャーナリストも、今後もいろいろな意見を言い合ってダイナミックに交流していくべきではないでしょうか」》

とにかく早く停戦をという意見への石田氏の批判

 私は福田氏らの立場に賛成する。

 私の大学時代からの友人の水島朝穂(親しいので君と呼ばせてもらう)が、パネリストとして出る「戦争とメディア~21世紀の世界と日本国憲法~」というシンポジウムをネットで観た。メジャーな顔ぶれで楽しみにしていた。なお、水島君は憲法学者で、9条擁護論の第一人者だ。
【パネリスト】
加藤陽子東京大学教授・日本近現代史)/青木理(ジャーナリスト)/高橋純子(朝日新聞編集委員)/水島朝穂早稲田大学法学学術院教授・憲法学)
司会:藤森研(日本ジャーナリスト会議代表委員)
主催:学問と表現の自由を守る会 日本ジャーナリスト会議

www.youtube.com

 たしかによく調べてあって、とても勉強になったのだが、水島君のいくつかの発言が気になった。以下、大意。

#アゾフ大隊はマリウポリの市民を人質にしてロシア軍と戦った。だからあれだけ人が死んだ。NATOウクライナを人質にしてロシアと戦っている。バイデンはNATOを人質にして、プーチンとトランプと戦っている。

#軍需産業は10年に一度、兵器の在庫一掃と新規発注のために禅僧を必要とする。いまウクライナで在庫一掃をやっている。

NHKはじめメディアは同じ報道をして(日本人をウクライナに)同情させている。

#ロシアは東部から攻めると見られていたのに、バイデンだけは「北部から攻める」と言っていた。知っていたのに止めずにわざとロシアに攻めさせて相手の非を拡大させる手を使ったように見える。北部からの侵攻の一番のコーディネーターはバイデンだ。

#ゼレンスキーにも、ミンスク合意を守らない点で責任がある。

#ロシアのメンツを考え、追い込みすぎないことが大事だ。云々

 ちょっと驚いた。どっちもどっち、アメリア(と軍需産業)がウクライナにやらせている戦争、の見方になっている。この戦争はロシアがウクライナとではなくNATOと戦っているとの趣旨の発言は、プーチンがいつも言っているプロパガンダそのものではないか。
水島君の話のなかでは大学時代、先日大宅壮一賞受賞を紹介した樋田毅さんと同じ学年で、川口君が殺された日は、相模原補給廠に米軍戦車をベトナムに送るなと座り込みにいったと話していた。あの当時は彼もベトナムの抵抗戦争を応援したはずなのに。
水島君、いったいどうしちゃったの?

 私は意見が違うことでその人間を敵視することはしないようにしている。「罪を憎んで人を憎まず」はとても大事だ。左翼にも右翼にも友人がいるし、何時間激論しても友情が壊れたりしない。
 福田教授がいうように、議論するのはいいことだ。この機会に、戦争と平和憲法と安全保障、国際連帯と国際貢献、日本における自衛と国民の役割などさまざまなテーマで多くの人が考えるようになればいいと思う。

畑いじりをはじめて3年。今年はさやえんどうが豊作だ。