朝鮮人虐殺の実態

 節季は白露(はくろ)に入った。昼夜の温度差が大きくなり、朝夕、草の葉に降りる露を白露という。きょうも記録的な暑さが続いているが、それでも収穫の時期が近づいてくる。   
 7日から初候「草露白」(くさのつゆ、しろし)。
 12日から次候「鶺鴒鳴(せきれい、なく)。
 17日からが末候「玄鳥去」(つばめ さる)。

 ブドウの季節だが、今年はまだ食べていないな。
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 関東大震災後の「朝鮮人虐殺は正当防衛だった」と主張する工藤美代子『関東大震災 朝鮮人虐殺の真実』。その「根拠」はといえば、流言をそのまま書いた震災直後の新聞記事しかないのだから、どうしても強引な決めつけが多くなる。

 工藤氏によれば、自警団などが殺したのは「襲撃計画を実行しようとした朝鮮人」に限られ、「何もしない朝鮮人」には危害を加えていないという。

 《何もしない気の毒な朝鮮人を「虐殺」するようなヒマは自警団にはありはしなかった。
 だが、誰からも強制されずに最後の覚悟によって自分たちの町内と家族の命を自分たちで護るという決意を持っていたのが大正時代の人々だった。
 命令がなくても崇高な覚悟―それは沖縄戦におけるいわゆる集団自決であろうと、自衛的殺傷であろうと同質である―があった日本人は自分で断崖から飛び降りたし、自分で手榴弾を破裂させたのではないだろうか。
 同じことがこの大震災でもいえるのだ。
 理由もなく「殺人事件」が実行された事実はない。ない事実は「嘘」ということである。
 朝鮮人による襲撃があったから、殺傷事件が起きたのである。》(P135)

 要は、日本人は高潔な人々だから、無実の朝鮮人を殺すなんてひどいことをするはずがない、そうですよね、みなさん、ということだ。何の証拠も示さず、日本人の「崇高な覚悟」に酔いながら決めつけているにすぎない。

 ところで、この一連のぎくしゃくとした筆運び、手練れのノンフィクション作家が書いたとはとても思えない。やはり夫の加藤康男氏が執筆したのだろう。

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2018年11月、日本縦断中の石川文洋さん(右)が横網町公園に立ち寄ったときのスナップ。後ろに見えるのが東京都慰霊堂関東大震災の遭難者(約58,000人)の遺骨を納めるための霊堂だったが、東京大空襲の身元不明の遺骨も納めている。

 では、実際には何が起きていたのか、このさい、ちゃんと勉強しよう。

 まず、どんな流言蜚語がどのように出回ったのか。震災から時間がたった段階で「警視庁及び各警察管内における流言状況」がまとめられている。

 なお、地震の発生は9月1日11時58分32秒ごろだったが、最初に管内に流言が流布されたのは早くも揺れの直後、1日午後1時頃で、2日より3日にかけてが「最も甚だしく」、その種類も多様だったという。

 「本庁及び各署にて偵察関知せる、流言蜚語」を時間順に以下列挙する。

A)9月1日午後1時頃
 「富士山に大爆発ありて今尚大噴火中なり
 「東京湾沿岸に猛烈なる大海嘯(津波)襲来して人畜の死傷多かるべし」
 「更に大地震の来襲あるべし」

 同日午後3時頃
 「社会主義者及び鮮人の放火多し

B)2日午前10時頃
 「不逞鮮人の来襲あるべし
 「昨日の火災は、多く不逞鮮人の放火又は爆弾の投擲に依るものなり
 「鮮人中の暴徒某神社に潜伏せり」
 「従来官憲の圧迫に不満を抱ける大本教は、其教書中に於て今回の大火災を予言せしが、今や其実現せられしを機として、密謀を企て、教徒数千名上京の途にあり」

 同日午後2時頃
 「市ヶ谷刑務所の解放囚人は、山の手及び郡部に潜在し、夜に入るを待ちて放火するの企(くわだて)あり」
 「鮮人約2百名、神奈川県寺尾山方面の部落に於て、殺傷、掠奪、放火等を恣(ほしいまま)にし、漸次東京方面に襲来しつつあり
 「鮮人約3千名、既に多摩川を渉(わた)りて洗足村及び中延附近に来襲し、今や住民と闘争中なり

 

 いきなり富士山が大噴火!!の流言。朝鮮人社会主義者、そして大本(おおもと)教と、「異端者」が敵とされる流言がさかんに発せられる。

 これ以降は、とくに「鮮人」関係の流言が、放火した、殺害した、井戸に毒を入れた、掠奪したとどんどん増えて膨大な数になり、内容が具体的になっていく。

 注目されるのは、2日午後6時頃の
 「鮮人等は予(かね)てより、或る機会に乗じて、暴動を起すの計画ありしが、震火災の突発に鑑み、予定の行動を変じ、夙(つと)に其用意せる爆弾及び劇毒薬を流用して、帝都の全滅を期せんとす、井水を飲み、菓子を食するは危険なり」という流言だ。

 朝鮮人たちは、将来、東京を全滅させる暴動の計画があったが、大震災でチャンス到来と、爆弾や毒薬などをもって行動に出たというのだ。このシナリオは、このあと、各地で捕らえられた朝鮮人が自供したとされるようになる。

 では虐殺はどのように行われたのか。
 軍が出動し、虐殺を主導した場合もあった。(以下『現代史資料6 関東大震災朝鮮人虐殺』より)

 当時の見習い士官だった越中谷利一氏の回想。

 「ぼくがいた習志野騎兵連隊が出動したのは、9月2日の時刻にして正午少し前頃であったろうか。とにかく恐ろしく急であった。人馬の戦時武装を整えて営門に整列するまでに所要時間僅かに30分しか与えられなかった。

 2日分の糧食および馬糧、予備蹄鉄まで携行、実弾は60発。将校は自宅から取り寄せた真刀で指揮号令をしたのであるからさながら戦争気分!そして何が何やら分からぬままに疾風のように兵営を後にして、(略)亀戸に到着したのが午後の2時頃だったが、罹災民でハンランする洪水のようであった。連隊は行動の手始めとして先ず、列車改めというのをやった。将校は抜剣して列車の内外を調べ回った。どの列車も超満員で、機関車に積まれてある石炭の上まで蠅のように群がりたかっていたが、その中にまじっている朝鮮人はみなひきずり下ろされた。そして直ちに白刃と銃剣下に次々と倒れていった。日本人避難民の中からは嵐のように沸きおこる万才歓呼の声―国賊朝鮮人はみな殺しにしろ! ぼくたちの連隊は、これを劈頭(へきとう=最初の意)の血祭にして、その日の夕方から夜にかけて本格的な朝鮮人狩りをやり出した。」

 「列車改め」とは、乗客チェックである。大震災で避難しようと列車は石炭の上まで人が乗っている状態だった。客を一人ひとり誰何して、朝鮮人と分かれば、何か具体的な犯罪を犯したわけでもないのに引きずり下ろされ、問答無用に次々と殺された。

 《理由もなく「殺人事件」が実行された事実はない》と工藤氏は主張するが、軍は取り調べも何もせずに朝鮮人と見れば「直ちに白刃と銃剣下に次々と」殺していったのである。
 そして、その殺害行為を見た日本人避難民から嵐のような歓呼の声が上がったというのだ。信じたくない非道の光景である。

 この越中谷氏が多摩川の向うで朝鮮人が暴動を起したとの報で出動した際のこと。

 「一隊の騎兵が月夜の街のなかを馬をとばせて川のそばに行ってみるといっこうに敵はあらわれない。しばらくしてから霧のふかい川のなかを人がわたってくる水音がきこえてまもなく人影があらわれる。そこで騎兵が一せいに発砲する。だが、敵は何の抵抗もしない。ただ悲鳴とともに倒れるだけだ。そして生きのこった『敵』もこっちの河原までようやくたどりつくと地に伏して無条件降伏する」

 戦時用の完全武装をした兵士が一斉射撃までしている。ここに偶発性は一切ない。もうこれは組織的、集団的虐殺というしかない。

 『資料』には一つの逸話が紹介されている。
 《当時兵隊は飯ばかり喰って、おかずの魚は喰おうとしなかった。なぜならば、東京湾に流し捨てられた朝鮮人の死体をくっているからイヤだ、というのである。》
(つづく)

朝鮮人虐殺否定論の横行を危惧する2

 台風10号は九州地方に最接近し、一時は700万人以上を対象に避難指示や避難勧告が出された。記録的な暴風や大雨による被害を各地にもたらし、朝鮮半島に上陸した。ニュースによると、九州で少なくとも1人が死亡、4人が行方不明、十数人が負傷したという。被害に遭われた方にお見舞いもうしあげます。

 今後も強力な台風が来そうで警戒が必要だ。
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 きょうはNHKを辞めた知り合いのディレクターと会って、これからどんなことをしたいのか、抱負を語り合い、そのあと渋谷で映画『はりぼて』を観た。圧倒的なおもしろさ!感動した。これだけの政治ドキュメンタリーは最近観たことがない。

haribote.ayapro.ne.jp


 保守王国、富山で、2016年8月、小さなローカル局チューリップテレビ」が、富山市議会の「ドン」が政務活動費について事実と異なる報告をしていたことをスクープ。そこから次々に議員の不正が発覚し、半年でなんと14人の議員が辞職するというとんでもない事態に。議長までが辞職、さらに次の議長、その次の議長も不正が判明して辞職。ここまでくると、もう喜劇、私も声をあげて笑ってしまった。この映画がしゃれているのは、あえてコメディタッチの作品に仕上げていることだ。笑っているうちに、この国の底が抜けるほどの腐敗にぞっとさせられる。

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 市議会は「反省」して、政務活動費について「全国一厳しい」といわれる条例を制定した。ところが、3年半が経過した2020年、また不正が発覚。だが議員たちは辞職せず居座るようになった。

 そして、最後が圧巻。スクープ取材の先頭に立っていた報道部のキャスターと記者(この二人が映画の監督だが)に大きな「挫折」がやってくる。局の上層部に圧力があったのか、二人ともそのテレビ局では取材を続けられなくなってしまうのだ。

 議員、メディア、市民、はたして悪いのは誰なのか。その余韻がいい。
 それにしても、この映画は「チューリップテレビ」の了解のもとで制作しているはずだが、よくまあ、テレビ局の「闇」まで描いたものだ。すばらしい。監督たちに会ってみたい。

 とにかくこの映画は文句なしにお勧めです。ぜひご覧ください。
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 きのうの続きで、関東大震災時の朝鮮人虐殺否定論が横行している話。

 大きな影響を与えている工藤美代子『関東大震災 朝鮮人虐殺の真実』をあらためて読んでみる。

実際に放火や殺人、強姦事件が震災発生直後に起こったのである。自己防衛の正当性が認められなければならない」(P90)。

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 朝鮮人による放火・殺人・強姦は実際にあったのだから、朝鮮人を殺したのは正当防衛だという、きわめて乱暴な論を展開している

 その「根拠」らしいものは、震災直後の、事実とかけはなれた流言をそのまま書いた新聞記事だ

    一例を挙げてみよう。まず、『河北新報』1923年9月6日付の記事が引用される。

 東京の越中島が火災になった。「爆弾」が所々で炸裂して火の海が勢いよく拡大し、避難していた三千人が「一人残らず焼死」した。「仕事師仲間とか在郷軍人団とか青年団とか」が「爆弾を携帯せる鮮人を引捕へた」。この「鮮人」は、「今年の或時期に」「全市いたるところで爆弾を投下し炸裂せしめ全部全滅鏖殺(おうさつ;皆殺しの意)を謀ら」んでいたなどと白状した。そこでー

 「風向きと反対の方面に火の手が上ったり意外の所から燃え出したりパチパチ異様の音がしたりしたのは正に彼等鮮人が爆弾を投下したためであった事が判然したので恨みは骨髄に徹し評議忽(たちま)ち一決してこの鮮人の首は直に一刀の下に刎(は)ね飛ばされた」。

 工藤氏はこの記事を全面的に事実と認めて、こう書く。

 《もちろん、現代の法秩序からいえばいくら爆弾投下を自供したからといって、その場で民間人の手で首をはねるという行為は許されない。

 だが、大災害のさ中に計画的なテロ行為をもって大量殺人が行われれば、市民の怒りはもっともなことといえよう。そして、このような例はほかにも少なからずあったと考えられる。これがいわれるところの「虐殺」のカウントに加えられているのだが、避難していて殺された犠牲者の立場を考えれば当然の処置だといえよう。》(P125~126)

 勝手に捕まえて首をはねることが「当然の処置」だとあっけらかんと断じている。ぞっとして、正気ですかと聞きたくなる。

 さすがに政府も事態を収拾しなければと、9月1日の震災から5日後の9月6日に内閣告諭が出て、朝鮮人に暴力を振るわないよう指示、新聞社にも注意を与え、7日には緊急の治安維持令で罰則を設けて流言を取り締まり、事実無根の新聞記事は消えていく。

 つまり、震災直後の新聞は流言をそのまま載せた悪質な誤報だらけだったわけで、そんな記事をいくら列挙しても、朝鮮人のテロ行為があったことの「根拠」にはならない。

 これは当時の出来事の流れを少しでも追えばすぐに分かることで、手練れのノンフィクション作家である工藤氏が知らないはずがない。ノンフィクションの取材のイロハもわきまえない作品をなぜ書いたのか。嘘だと分かって書いたとしか考えられない。

 虐殺否定論をしらみつぶしに検討してきた加藤直樹は、この本を読んで、文章が非常に稚拙で「工藤さんじゃなくて別の人が書いているのじゃないか」と思っていたという。そして―
 「2014年の9月に関東大震災 朝鮮人虐殺はなかった』(ワック)というタイトルの本が出たんです。著者は加藤康男さんです。ところが中味を見てみると、工藤美代子『関東大震災 朝鮮人虐殺の真実』とほぼ同じなんです。これはどういうことだろうと、後書きを見るとこうありました。
 『これまでの著者名は、筆者の妻・工藤美代子としてきたが、取材・執筆を共同で行ってきた関係から、WAC文庫化に際して大幅に加筆修正し著者名を加藤としたことをお断りしておきたい
 要するに同じ本なんですね。そして彼らは夫婦だったのです。それでようやく合点がいきました。」(「関東大震災朝鮮人虐殺否定論はトリックである」―KJブックレット『日韓現代史の照点を読む』P16)

 つまり文章が稚拙だったのは加藤康男氏が書いたからで、それを工藤美代子のブランドで出版したというわけだ。

 朝鮮人暴動が実際にあったなどということは、少しでも良識のある人なら決して言わなかったのが、この本の出版から虐殺否定論が堂々と流されるようになった。きわめて有害な本である。

 彼ら虐殺否定論者の目的は、否定論が正しいと認められなくても、「両論ある」という状況に持ち込むことだろう。そうすれば、たとえば小池知事に「虐殺があったというのは一方の立場にすぎない」から追悼文を出すのはやめよと言えるわけだ。

 だから、虐殺否定論を、そういう見方もありますね、と看過してはならなのである。
(つづく)

朝鮮人虐殺否定論の横行を危惧する

 東京は雨の予報だったがほとんど降らなかった。台風は九州に接近し、今夜から厳重な警戒が必要だという。先月、記録的な大雨に見舞われた地域では、まだ家の修復にも手がつかない人々がいる。どんなに不安なことか、察するに余りある。政府には最大の支援をしてもらいたい。
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 9月1日は1923年に関東大震災が起きた日だ。

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1日、横網町公園にて(朝日新聞

 《関東大震災の際に起きた朝鮮人虐殺の犠牲者を追悼する式典が1日、東京都墨田区横網町公園であった。虐殺を疑問視する団体の集会も同時刻に開かれた。疑問視する側の昨年の集会での発言を都がヘイトスピーチと認定し、集会に抗議する人たちとの間で衝突が起きたことから、今年は警察官数百人が警戒にあたった。

 日朝協会などの実行委員会が1974年から主催する式典には昨年、主催者発表で約700人が参列したが、今年は新型コロナウイルス対策で約30人に絞った。宮川泰彦・実行委員長が「大震災の際、流言飛語を信じた自警団や軍隊、警察により朝鮮人や中国人が虐殺された。この消しようのない事実を忘れさせようという動きがある。絶対に同じ過ちを犯さないよう、数多くの尊い命が奪われたことを忘れてはならない」とあいさつした。

 式典はネット中継された。追悼文送付を4年連続で見送った小池百合子都知事への抗議の意味も込め、ツイッターでは「#私は追悼します」とする投稿がトレンド入りし、「小池都知事は事実と向き合うべきだ」などのツイートが同日夕までに約2万7千件に達した。》
朝日新聞

 あの右派論客として知られた石原慎太郎氏でさえ都知事時代送っていた追悼文を小池知事が4年前、送るのをやめた。そのころから9月1日の式典にヘイト団体が押しかけるようになった。朝鮮人虐殺を公然と否定する風潮がここ数年勢いづいている

 一冊の本が虐殺否定の活動を大きく後押ししたという。工藤美代子氏の『関東大震災 朝鮮人虐殺の真実』(2009年産経新聞出版)だ。

 これは雑誌『SAPIO』に連載されたもので、実は当時、私もそれを読んでいて、あれ、そういう見方もあるのか、と「そっち」に引っ張られそうになった。少しは現代史を学んでいて、朝鮮人虐殺は常識だと思っていた私までがぐらついてしまったのはなぜか。

 なんと言っても工藤美代子のネームバリューが大きい。ノンフィクション作家としては名の知れた存在で受賞歴もある。工藤さんが書いているんだったら、それなりの根拠がある話だろうと思ったのは私だけではないだろう。
 (あとで、工藤氏と夫の加藤康男氏について調べて、彼女の政治的背景を知ったが)

 工藤美代子氏とこの本は、否定派の運動で大活躍している。

 2013年、横浜市で虐殺に言及した中学生向けの副読本に対して自民党の市議が「回収しろ」と騒いで実際に回収され事件があった。この時産経新聞が「偏向した副読本だ」とキャンペーンを張って、虐殺問題に詳しい識者として登場したのが工藤氏だった。

 2017年3月、都議会で自民党古賀俊昭都議が、墨田区横網町公園朝鮮人追悼碑には朝鮮人6千人が殺されたとあるが、この数字には根拠がないと追及した。この質問を契機に小池都知事は追悼文を取りやめることになる。古賀都議は、「私は都知事に読んでもらいたい本が一冊ある」として挙げたのが、先の工藤氏の本だった。
 否定派は全国で、運動にこの本を活用している。

 では、どういう主張なのか。

 虐殺否定論は、朝鮮人が虐殺された事実がなかったと言っているわけではない。
 自警団や警察、軍が朝鮮人を相当数(6千人は多すぎるが)殺したのは事実だが、それは正当防衛だったという。なぜなら「朝鮮人が井戸に毒を入れた」とか「朝鮮人が放火している」などの流言は本当にあったことだから、と主張するのだ

 その根拠は、当時の新聞がさかんに「不逞鮮人」の反乱や暴動などを書いている、そういう記事がたくさんあるじゃないか、ということに尽きる。

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虐殺否定派のサイトなどに「証拠」として載っている当時の新聞記事

 上の記事には「横浜刑務所の囚人300人は脱獄し不逞鮮人と共に・・・強姦、掠奪、殺人を擅(ほしいまま)にし・・」などとある。

 今の人は、新聞が書いたのなら事実だろうと思うかもしれないが、震災直後の新聞にはウラをとらない荒唐無稽な記事があふれた。震災で都心の44%、横浜の80%が壊滅し、新聞社もまともな取材態勢がとれないなか、流言をそのまま載せる場合も多かった。

 かつてこのブログで引用した記事を再録しよう。

北海タイムス 大正12.9.5
 鮮人の陰謀は全国に亘る
   罹災の群集は激昂して斬捨御免(きりすてごめん)の有様

 不逞鮮人の暴動はなかなか組織的根拠があるらしい。本月二日朝鮮独立運動に関する大会を開催し御盛典の日に事を起す予定で既に横浜東京に参集して居ったのが一日の変に遭会して幸ひとして活動を開始したのである。

 二日新宿に於て鮮人が巡査を殺して其の被服帯剣を奪って着用し自動車を操縦し群衆の間を馳駆し居たのもあり運転手を拳銃で脅迫し活動して居たものがあったが皆群衆に捉へられ撲殺されてしまった。

 彼等はまた千住の陸軍製絨所本所深川の被服廠の一部に爆弾を匿蔵して置き之れを運ばんとする処を発見した。市内各所に爆音が聞え火の手の意外に早く広がったのは彼等の所為と分った。小石川砲兵工廠の爆発も彼等の行為であった。されば民衆は激昂し今は鮮人と見れば斬捨御免の状態である

 彼等は巧みに変装して邦人に混じ各方面に向はんとして居るが四日川口でも四人の鮮人が捕った。一人は殺され他は半殺にされたが其一人の所持せる宣伝ビラで上述の陰謀が判った訳で尚ほ山形県赤湯に爆弾数百個及兇器が匿蔵して居ると自白したので直に憲兵は同道実地調査に向った。彼等の陰謀は各全国に亘り朝鮮人参其他行商人等間には脈絡相通じて居る筈で油断がならない

takase.hatenablog.jp

 こんな調子である。関東から遠く離れた山形県でも気を付けろと書いている。おそろしい。赤湯は私の実家の同じ市内だが、記事には実地調査の結果も載せておらず、事実無根に違いない。

 朝鮮人虐殺否定論がいかに幼稚なごまかしであるかは、加藤直樹氏の『「朝鮮人虐殺はなかった」はなぜデタラメか』を参照されたい。加藤氏が半年、国会図書館に通って資料を読み込んで作ったサイトである。

01sep1923.tokyo


 ここ数年のヘイトの風潮と虐殺否定論の広がりには危惧をおぼえる。戦争だけでなく、こうした負の歴史もしっかり後世に伝えていかなくてはと思う、きょうこの頃である。

(つづく)

中国の恫喝に立ち向かう欧州

 台風への警戒が呼びかけられている。
 《大型で非常に強い台風第10号は、5日22時には南大東島の南西約40キロにあって、1時間におよそ15キロの速さで北北西へ進んでいます。中心の気圧は920ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は50メートル、最大瞬間風速は70メートルで、中心の東側280キロ以内と西側185キロ以内では風速25メートル以上の暴風となっています。》(気象庁 5日23時)
 風、雨、高波いずれもすさまじいものになるという。被害が大きくならぬよう祈ります。
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 きょうは畑で作業。大根の種をまき、ブロッコリーを植え替えた。

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ナス。左奥にとても長い実が見えるが、愛知県の品種だという。おいしい。

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このピーマンも採ってきた

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ニラの花にアゲハが寄ってきた

 作業は汗だくになるが、帰りに畑の野菜を持ち帰れるのが楽しい。ナスと空心菜を夕ご飯のおかずにした。
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 チェコの大統領に次ぐナンバー2のビストルチル上院議長の台湾訪問が波紋を広げている。

 90人の大訪問団を引き連れて台湾を訪れ、蔡英文総統と会談し、議会でも演説を行って台湾支持の姿勢を明らかにしたビストルチル議長だが、もっとも注目されたのが1日に立法院(議会)で行った演説。
 中国語で「私は台湾人だ」と語りかけると全議員が立ち上がって万雷の拍手をおくった。

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NHKBS1「国際報道」より

 これは1963年にケネディ米大統領が、西ベルリンにおいてドイツ語で「私はベルリン市民だ」”Ich bin ein Berliner”(イッヒ・ビン・アイン・ベルリーナー)と言った歴史的演説に範をとったものだ。

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「国際報道」より

 ケネディは、ともに(ソ連共産主義と闘おうという意味で言ったとされ、ビストルチル氏は「ともに中国と闘おう」と台湾との強い連帯の言葉を発したことになる。

 また、この台湾訪問に先立って、北京市と友好都市協定を結んでいたプラハ市が、協定から「一つの中国」に関する条項の削除を求めたところ、予定されていたプラハ管弦楽団の中国公演は中止になり、友好都市関係が解消されている。

 中国は訪問前から「台湾を訪れるチェコ企業は、中国では歓迎されないし、中国人も歓迎しない」と脅しをかけていた。しかし、中国からの圧力のもと自由を求める台湾の人々が、チェコ人には、旧ソ連の圧政に血を流しながら闘ってきた自らの境遇に重ね合わされたのだろう、台湾訪問を敢行したのだった。

 この訪問に中国は激しく反発し、ドイツ訪問中の王毅外相は「深刻な代償を払わせる」と恫喝。

「国際報道」より

「国際報道」より

 すかさずドイツのマース外相が「我々は国際的なパートナーに敬意をもって接する。相手にも同じことを期待する。脅迫はふさわしくない」と王毅外相にビシっと釘を刺した
    この応酬は両外相の共同会見の現場で、つまりとなりに相手がいる状況でなされている。ドイツはメルケル首相だけでなく閣僚も根性がすわっている。

 

 さらに国家元首までが声をあげた。

 「深刻な代償を払わせる」とチェコが恫喝されたのを受け、隣国スロバキアのズザナ・チャプトヴァー大統領が1日、ツイッターを更新し、欧州の国家元首として初めて、中国の威嚇は「受け入れられない」と批判した。
 「スロバキアチェコを支持する、EU加盟国への威嚇は受け入れられない」と毅然とした姿勢を示している。

 このほか、ドイツ連邦議会(下院)外交委員長を務めるノルベルト・レットゲン氏が王毅外相の姿勢に不満を表明。チェコが中国の報復を受けないよう、立場を一致させるべきだとEUに呼び掛けた。

フランス外務省も

 台湾との関係が深い日本も、こうした一致した行動の輪に加わるべきではないか。
 外国のリーダーとゴルフするのが外交じゃないんだよ。(何につけてもボヤキになってしまいます、すみません)

毒を盛ったロシアを追及するメルケルの「毅然」

 自転車で東大和市東大和南公園へ。

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 その一画に古びたコンクリート製の建物がある。まるでシリアかアフガンの激戦地のような生々しい戦闘跡だ。

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 これは「旧日立航空機立川工場変電所」で、戦跡として市の文化財に指定されている。

 1938)年、北多摩郡大和村(現在の東大和市)に軍用機のエンジンを製造する大きな軍需工場、「日立航空機株式会社」立川工場ができた。1944年には、従業員数13,000人を数えたほどの規模となった。この建物は、工場に電気を送るための変電所だった。
 1945年の2月17日、4月19日、4月24日に受けた3回の攻撃で、工場の従業員や動員された学生、周辺の住民など111人が亡くなり、工場は8割方壊滅した。

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2月17日はグラマンF6Fヘルキャット戦闘機の機銃掃射、4月19日はP-51ムスタング戦闘機などの機銃掃射、4月24日にはB-29 101機の爆撃があったという

 ただ、鉄筋コンクリート製のこの建物は、致命的な損傷をうけなかったので、戦後も変電所として1993年まで操業を続けた。しかも外壁に刻まれた生々しい爆撃の傷跡や内部の一部にも痕跡を残したままの状態で使われていたのだという。
 変電所を含む工場の敷地は、都立公園として整備され、地域住民や元従業員の方々の強い要望により、変電所の建物はそのままの場所で保存されることになった。
 詳しくは東大和市のHPをご覧ください。
https://www.syougai.metro.tokyo.lg.jp/image/tbunka9905.pdf

 

 東京の中心部や下町が空襲されたことは知っていたが、多摩地域でも大きな戦争被害が出ていたのか・・。
 実は、多摩地域には軍需工場が集中していたので、繰り返し激しい空襲を受けたのだという。この変電所、毎月1回公開しているとのことで見に行こうと思ったら、9月から改修工事で見学できないとのこと。残念。

 近隣の戦争の歴史をもっと学ぼうと思う。
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 先日ここに書いた、ロシアの野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏(44)が毒を盛られた疑惑。
 いま彼はドイツで治療を受けているが、2日、メルケル首相が、事実上ロシア政府が犯人だと断定して激しく非難、大きな外交問題になっている
 NHKBS1「国際報道」が詳しく報じたので、紹介したい。

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 メルケル首相
 「ナワリヌイ氏は神経剤ノビチョクと同じ種類の物質で攻撃された。
 軍の検査によって、この毒物が使われたことが明白に立証された。
 ドイツ政府を代表し、最大限に非難する。
 ロシア政府だけが、この疑問に答えることができる」

 

 一昨年、ノビチョクによる暗殺未遂が起きた英国のジョンソン首相はツイッター

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 「化学兵器が使用されたのはとんでもないことだ。
 何が起きたのか、ロシア政府は説明しなければならない。
 正義が実現されることを確実にするために国際的パートナーたちと共に努力していく」

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 フランス外相も声明で
 「最も強い言葉で非難する
 ナワリヌイ氏が置かれているロシアでの政治的な立場を考慮すると、彼に対する攻撃は重大な疑問を抱かせる」

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 EUの上級代表の声明は
 「化学兵器使用は国際法違反。事件に関わった責任者は、裁きを受けなければならない」
 

 ノビチョクというのは、旧ソビエトが冷戦期の1970~80年代に製造した化学兵器で、毒性の強さは、あのマレーシアでの金正男氏殺害に使われたVXの5~8倍とされる。

 一昨年、英国で起きたスクリパリ氏とその娘の暗殺未遂に使われたのもノビチョクだった

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 ロシアは政権に(というよりプーチンに)都合の悪い人間を場所を選ばずに抹殺してきた。ソ連時代に化学兵器として開発した毒物や放射性物質を使用したことで、「ロシア特有の毒物」が体内から検出され、犯行がバレてしまった。

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2006年、ロンドンで亡くなったリトビネンコ氏。08年の取材で、彼はあるホテルで紅茶を飲んだ直後から苦しみだしたことが分かった

 先日のブログに書き忘れたが、ジャーナリストのポリトコフスカヤさんも毒物投与されていた。この時は一命をとりとめたが、その後、自宅アパートのエレベーター内で銃殺されている。

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 それにしても、メルケル首相をはじめ、欧州の指導者は立派だ。
    実に毅然として対応している。そして、各国ともいろんな問題で角を突き合わせていても、英国などはEUから脱退するほど関係がぎくしゃくしていても、こと人権問題ではしっかり連帯して行動する。
 人権問題に「国境」は存在しない。みな自分事として考えている。このあたりは見習いたいものだ。

 

 「毅然として対処する」というフレーズをひんぱんに口にしながら、暗殺者プーチンに尾っぽを振ってウラジーミルなどと親しげに呼びかけ、30回も首脳会談をやったのは誰ですか。
 その結果といえば、ロシアは憲法を改正して領土割譲を禁止し、完全にコケにされたのだった。

元首相のメドベージェフ氏は3日(きのう)、こうはっきり言っていますよ

 また去年、香港で民主化運動が盛り上がるなか、習近平国賓に呼ぼうなんて言ってたのはどこの国の指導者でしたか。

 ぜひ、もっと「毅然と」してください。

花と蝶 共進化する生命

 大きな芙蓉の花に蝶、たぶんムラサキシジミが潜り込むようにして蜜を吸っている。

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 こういう光景を見ると、「ああ、共進化なんだなあ」と、地球の生命の進化史のワンシーンを思い起こしてうれしくなる。

 6000万年前のこと、巨大隕石の落下によるとされる突然の地球環境の激変で、生物の大絶滅が起こる。体長15センチ以上の動物は死に絶え、それまで生物界に君臨してきた恐竜も絶滅した。

 かわってやってきたのが哺乳類の時代だ。小さなネズミのような哺乳類は、恐竜を恐れて夜にだけ活動してきた「日陰者」だったが、恐竜のいなくなった空白を埋め、生物界の主役に躍りでる。

 植物の世界では、花を咲かせ蜜を蓄え果実を実らせる被子植物が、シダ類やスギなどの裸子植物を圧倒していく。風媒の裸子植物と違って、被子植物は花と蜜で昆虫を呼び込んで受精し、果実で哺乳類や鳥を引き寄せ、遠くまで種を広める生殖戦略を採った。結果、被子植物、昆虫、哺乳類、鳥類が共生関係を築いて大繁栄する。これを「共進化」という。

 こうして、大小さまざまな哺乳類と色とりどりの花を咲かせる植物、空を舞う多様な昆虫や鳥という、豊かでカラフルないのちの世界が幕を開けたのだった。
 想像すると、すばらしい映像が頭に浮かんでくる。

 地球の生き物は、大半の生物種が滅びる「ビッグファイブ」と呼ばれる5回の大絶滅期を生き延びてきたが、そのたびに飛躍的な進化を遂げている。この宇宙において、絶滅や死は、次の新たな飛躍の準備である。そう思えば、何も怖くなくなる。
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 次の自民党総裁は菅氏で決まりらしい。この裏で進行している一連の動きが実に気持ち悪い。そもそも、この人ほど一国のリーダーに向かない人はいないと思う。

 自死した近畿財務局の赤木俊夫さんの妻が再調査を求めても「すでに結論が出ている」。加計学園の問題では「法令にのっとり進められた」。記者会見ではぐらかしてばかりの姿には信頼感ゼロ。あの表情と話ぶりで海外の首脳と丁々発止渡り合う姿を想像することもできない。
 主要派閥がみな菅氏に乗っかったのは、安倍政権時代の様々な後ろめたい行為をほじくり返されたくない、「共犯者」の結束ではないのか。きょうの朝日川柳から。

 出来レース見る会というべし総裁選 (茨城県 清水方子)

 総理より病状重い民主主義 (愛知県 石川国男)

 不気味なりすべてを見たる男なり (滋賀県 渥美保)

 高まれ、ブーイングの声。
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 きのう、ある慰安婦問題のセミナーに参加した。

 講師は朝日新聞編集委員の北野隆一さん。出版されたばかりの『朝日新聞慰安婦報道と裁判』(朝日選書)の著者である。北野さんは北朝鮮による拉致問題を担当していて知り合った。誠実に取材する有能な記者である。

 慰安婦問題には因縁がある。
 私は戦後処理の問題に関心をもっていて、サハリン(樺太)の残留朝鮮人を取材し、何本か番組を作った。残留朝鮮人については様々な運動があり、「樺太残留者帰還請求訴訟」も提起されていた。この裁判の証人の一人が、吉田清治氏、あの「慰安婦狩り」の捏造証言をした人物である。そんな事情もあったので、番組にはしていないが、勉強は続けてきた。

 左右の筆頭論客である吉見義明氏、秦郁彦氏のどちらからも学ばせてもらった。朴裕河氏の講演も聞いたし、「朝日は国賊だ」とする団体の勉強会に出て、そちら側の主張も理解した。私の意見はおいおい書いていこう。

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8月25日発行。1900円+税。

 北野さんの本は、朝日新聞が提訴された3本の集団訴訟と米国の慰安婦像撤去訴訟および元朝日記者の植村隆氏が雑誌などを訴えた訴訟の5つを、オビにあるように「克明に記録」したものだ。
 これを読めば、いま日本で議論になっている慰安婦をめぐるあらゆる論点が理解できる。また、膨大な資料を引用しているので資料集としても役に立つ。

 慰安婦問題では、ネットや雑誌で朝日新聞が標的になって激しくバッシングされ、脅迫までされるご時世、現役の編集委員の北野さんが、もろに朝日をめぐる訴訟をテーマに講演するというのはとても勇気がいることだ。拍手!

 北野さんは冷静に裁判を振り返るとともに、朝日内部の諸事情もリアルに吐露して非常におもしろかった。

 ここでは訴訟の論点は紹介しないが、一つとても印象に残ったことがある。

 北野さんはこの本の一番最後に、日本政府の二つの言葉を載せている。以下が、まったく論評なしに、ただポンと並べて置いてあるのだ。読者のみなさん、何を感じますかとでもいうように。
 
 一つは、2015年12月28日、日韓外相会談で慰安婦問題をめぐって日韓政府が合意した際の共同記者会見における岸田文雄外相の発言から(https://www.mofa.go.jp/mofaj/a_o/na/kr/page4_001667.html

 慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。
 安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する。
 今回の発表により,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する

 もう一つは、1993年8月4日の「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話」(いわゆる「河野談話」)から(https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

 本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する

 岸田外相の赤字の部分は河野談話の引き写しだ。(本には赤字や下線はない)

 広島と長崎の慰霊祭で安倍総理が読み上げたのはコピペした言葉だったが、それと同じく「まあ、このくらいのことを言っておけばいいだろう」と、問題に真剣に向き合いたくないという姿勢を私は感じた。

 ほんとうはその「姿勢」こそが一番問題なのではないか。

内モンゴルで新カリキュラムに抗議広がる

 米国がトランプ大統領のせいで激しく分断されている。マスクをした人がトランプ支持派から「民主党!」と罵られるほどに。あらゆる判断が「立場」の問題に矮小化されていく危険な社会状況だ。

 日本も安穏としていられないと思ったのは、きょう、在日韓国人のグループと食事をしたときだ。ある人が、最近、議論していると、「あんたは在日だから反日なんだよ」などと言われる機会が増えたと言った。考えてみると、たしかに、10年前、20年前は「反日」か「親日」かということを今ほど耳にしなかったと思う。

 安倍長期政権の評価はいろいろあろうが、米国と同様、社会の分断が進んだ点は大きな負の遺産として残ったと思う。トップリーダーが、自分にとって敵なのか味方なのかを最重要にした政治を行うとこうなるという悪い見本である。

 「お友達」ならどんな悪事をやっても罰せられず、逆に出世する。街頭演説で「安倍やめろ!」とヤジをとばすなり大人げなく「こんな人たちに負けるわけにはいきません」と指さし、以来、ヤジを飛ばせば警察に「保護」されるという時代錯誤がまかり通るようになる。官僚にもどうやったら官邸の気に入られるかと忖度する風潮が広がる。

 「親安倍」、「反安倍」の分断はメディアにもおよんだ。公文書を捏造することはどうなのかと考える前に、「親安倍」か「反安倍」かの立場が先に立つ。これでは政治の世界でも、是々非々の判断はできなくなる。

 これが一つの時代の傾向にまでなってきた以上、この後始末は相当な「仕事」になるはずだ。これからの政治家が試されるポイントにもなるだろう。
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 中国が、チベットウイグル(新疆)につづき、内モンゴルでも民族文化の解体に乗り出したようだ。突然9月から小中学校でモンゴル語ではなく漢語で授業をすることが命じられたのだ。

 《【9月2日 AFP】中国北部の内モンゴル自治区で、少数民族文化の抹消につながるとの懸念が上がっている学校の新カリキュラムに抗議する異例のデモと授業ボイコットが行われ、数万人が参加した。地元住民らが1日、明らかにした。
 内モンゴル自治区では突然の政策変更により、少数民族系の学校すべてに主要科目をモンゴル語ではなく標準中国語で教えることが義務付けられた。同様の措置はチベット新疆ウイグル自治区でも実施されており、各地域の少数民族を多数派の漢民族に同化させる狙いがある。》

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モンゴルのウランバートルの外務省前で隣接する中国の内モンゴル自治区の教育方針変更に抗議する人々(8月31日AFP)


 現地の学校の前で抗議する生徒たちの動画がある。

 

 東京の中国大使館前でも抗議活動があったと、友人がFBに挙げていた。

www.facebook.com

 先日お伝えしたように、香港でも9月からの教科書を急に変更したが、中国当局は同化・統合を一気に強化しようとしているのだろうか。

 きのう、たまたま再放送されたNHKの「シルクロード」を観ていた。
 「第6集 流砂の道~西域南道2000キロ」で、ローランの西南の崑崙山脈に近いチェルチェン・オアシスにウイグル民族が登場した。
 チェルチェンは人口6万5千で8割がウイグル人だと紹介され、「歌と踊りが好きな陽気な民族」のナレーション。

 取材班はチェルチェン第一小学校で「熱烈歓迎」される。

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取材班を歓迎して踊りを披露するウイグル人児童(第一小学校)

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ウイグル人は遊牧の民である

 この「第一小学校」はウイグル人専用でウイグル語で授業が行われ、中国語が教えられるのは4年生からだと説明される。漢族はこことは別の「第二小学校」に通うという。ちゃんと民族語での教育がやられていたのだ。

 この取材は1980年か81年だが、今とははっきり違っていたことが画面からわかる。
 カメラに向かって笑顔を見せていた子どもたちは、いまどうしているだろうか。